記者から事業承継支援へ。データと向き合い、真実を綴ってきた志村さんのキャリアとは

「nexus career」vol.8レポート 〜元新聞記者の志村彰太さんをお迎えして〜

【イベントレポート】

2月17日開催の「nexus career vol.8」は東京新聞の記者として長年第一線で活躍し、現在は事業承継をサポートする会社で新たな挑戦を続けている志村さんをお迎えしました。

志村さんは、マスマス(massxmass)の立ち上げ当初から丁寧に取材、記事にしてくださるなど、私たちの活動を支えてくださっていました。リズム感のあるお話で参加者を魅了した様子をレポートします。


「消極的な理由」から始まった記者人生と、統計学との融合

驚くことに、志村さんは大学に入るまで新聞を読んだことがなかったといいます。
「もともとは学者になりたかったです。でもちょうどゼミの先生の引退の時期と重なり、就職試験の時期が遅い新聞社を受けることになって」と意外な入社のきっかけを振り返っていました。

入社後に横浜市政や神奈川県政の担当記者をする中、常に自らに問い続けていたのは「この事業は、市民が汗水垂らして納めた税金を払うに値するのか」という厳しい視点。やるからには、納税者が心から納得できる説明をしてほしい――。その誠実な姿勢が、志村さんの取材の原動力となっていました。

震災とコロナ禍で訪れた、記者としての「ブレイクスルー」

とは言うものの、入社当時は「新聞記者になりたい!」と目を輝かしている同期の中、消極的理由で入社したことに引け目を感じていたそうです。その上、過酷な「夜討ち朝駆け」の毎日に、何度も「いつ辞めてやろうか」と思ったこともあったそう。そんな志村さんのキャリアに大きな転機をもたらしたのが、東日本大震災時の取材でした。増え続ける原発の処理水に疑問を感じ、データを徹底的にみて、その際、大学時代に学んだ「統計学」の知識が、膨大なデータの中に隠された真実をあぶり出しました。「大学で学んだことが、現場で生きる!」
そう確信した瞬間でした。

キャリアのバトンを次へ

「データと真摯に向き合うことで、社会の裏側が見えてくる」――。記者の仕事の醍醐味とやりがいはあったそうですが、いわゆる新聞社の出世コースである「社会部」に異動になった後に、人間関係で悩むことがあり4ヶ月ほど休職を余儀なくされました。その頃から、仕事は幸せのためにするもの、好かれようと無理をするのはやめよう!という、マインドセットに変化があり、その後取材先との対応などが変わったそうです。
新聞記者は、いろいろな人と会えてとても楽しい仕事だったそうですし、「選挙報道」では得意の統計やITを活かすなどご活躍だった志村さん。しかし、新聞という業界の限界や、今後の自分のキャリアを考えて、現在中小企業の事業承継をサポートする会社でのキャリアを選ばれたとのこと。いまはまだ右も左も、、と謙遜する志村さんですが、とても楽しそうなご様子でした。

志村さんにとっての「越境」とは?

違う場所に行っても、まずは自分との「共通点」をみつけ、自分の得意とすることで何か役に立てることを探す、ということではないかとのこと。とても大切な「越境」のヒントとなりました。

それにしても、お話がとってもお上手な志村さん。きっといまのお仕事でも記者時代のコミュニケーション力を活かして、引き続き活躍し、新しい道を切り開いていくのだろうなととても楽しみになりました。

なお当日の様子はSpotifyでお聞きいただけます。

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